エジソンの先生は母親
発明王トーマス・エジソンは学校に通わず母親が家で勉強を教えていたことは有名な話で、ご存知の方も多いのではないでしょうか。学校に通わずに家で学ぶ、いわゆる「ホームスクール」を経験している著名人は他にもたくさんいます。ジョージ・ワシントン、セオドア・ルーズベルトをはじめ歴代14名ものアメリカ大統領、カーネルサンダーズ等のビジネス創業者およびテイラー・スフィフト等の芸能人、芸術家、科学者、スポーツ選手など、錚々たる顔ぶれです。
ホームスクールというと、家に引きこもり社会と接点がないというネガティブなイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし、実際はネガティブな様子はなく、今、アメリカでは戦略的にホームスクールを選択する教育熱心な家庭が増えています。
NHERI(National Home Education Research Institute)によると、米国では2016年時点で約230万人がホームスクール生に該当すると計算されています。ここ数年、ホームスクール生は年々増加傾向にあり、年間2%~8%の割合で増えています。ホームスクール生の人数は全体の約3%以上にあたり、30人に1人の割合になります。実際にアメリカでの生活の中でホームスクール生に出会うことは多くあり、一般に広く浸透している印象を受けます。
ホームスクールを選択する家庭および理由
選択する理由は、家庭により様々です。宗教上の理由によるもの、学校環境が良くないため、いじめ等の問題を避けるため等も挙げられます。さらに、障害、深刻なアレルギー、オリンピックを目指すようなスポーツ活動、芸能活動などが理由の生徒もいます。
これに加え、学校の授業のレベルが低すぎるのでハイレベルな教育を受ける目的でホームスクールを選択する生徒も一定数います。この中には、先天的に高い知的能力を有するギフテッド・スチューデントも多く含まれます。
例えば、とても優秀な生徒が通常のクラスに在籍する場合、他の生徒の進度に合わせて授業が進むと、簡単すぎてつまらないと感じてしまう場合があります。ホームスクールを選択すると、自分のレベルに合ったカリキュラムで効率よく、興味ある科目や内容に焦点を当ててより深く学ぶことができるのです。年齢よりも上の学年の内容を先取りして学習することもできるでしょう。教育熱心な家庭はこれを理由にホームスクールを選択する傾向にあります。また、学校に通わない分、音楽やスポーツなど自分の才能を伸ばすために時間を使うこともできます。
なお、公立小学校は税金により運営されていますが、ホームスクールを選択し公立学校へ通わなかったからといって税金支払額が減額されることはありません。そのため、金銭的な事項は、ホームスクールを選択する理由にはならないことを付け加えておきます。
ホームスクールの仕組み・制度について
ホームスクールに関する法律は州によって異なり、仕組み・要件もそれぞれ異なります。取材をしたオハイオ州の場合、ホームスクールを始めるにあたり、親が家庭で実施する授業計画を市の教育委員会に提出し許可を受けなければなりません。また、前年度の計画が達成されたことを証明する文書(テストの結果等)も提出する必要があります。
ホームスクールを長期間選択する生徒もいれば、短期間のみ選択する生徒もいます。フレキシブルにホームスクールを選択できる仕組みになっています。また、ホームスクール生は、通常の学校の授業を数時間だけ選んで受けることも可能となっています。例えば、アート・体育・音楽等の授業だけを学校で受けるというイメージです。部活動のみに参加することも可能です。
勉強のためのツール
ホームスクール生は、本やオンライン講座を利用して、親や家庭教師からアカデミックな学問を教わります。本やオンライン講座等の教材は沢山種類があり、その中から自分に合うものを選択できます。学年を進んで学習するこも可能です。
また、ホームスクール生のためのアウトドアクラスが各地で開催され、そこで他のホームスクール生と一緒に学ぶことができます。州立公園や動物園では、平日のお昼にホームスクール生のためのプログラムがあり、生きた自然・動物を実際に見て触れて学びます。図書館でもホームスクール生のためのプログラミングクラスなどを開催しています。
さらに、ホームスクール生のコミュニティも地域に沢山あります。ここでは、親が先生となり、生徒達に教えます。例えば、石について学ぶ週には、皆で石を持ち寄り、図書館で石の図鑑を借り調べます。異文化を学ぶ週には、日本語を覚え着物を着て歌舞伎を演じます。
コミュニケーション能力や社会性の発達について
ホームスクール生では社会性やコミュニケーション能力が育たないというイメージを持たれる方も多いかと思います。しかし、実際のホームスクール生は地域に密着した活動・ボランティア・ボーイスカウト・チームスポーツなどを通じて、地域社会や周囲の人と積極的に深く関わっています。HSLDA(Home School Legal Defense Association)によると、一般の成人のうち37%がスポーツコーチ・ボランティア・教会・地域活動などに積極的にか関わっている一方、過去にホームスクール生だった成人はこの数値が71%であると調査結果が出ています。学校に通わなくても様々な地域活動を通じて、社会性・協調性を身につけることができ、これは成人後の生活にも影響を与えているようです。
ホームスクール生の大学入学
ホームスクール生の学力テスト結果は、通学する一般の生徒の平均点よりも高いです。また、時間に余裕があるため課外活動に積極的に参加する生徒が多く、創造性・独創性など育ちやすい傾向にあります。
こういった点が評価され、ホームスクール生の有名大学への進学率もあがってきています。HSLDAによりますと、スタンフォード大学では、ホームスクール生の合格率は27%であり、これは一般生徒の約2倍の合格率です。また、ハーバード大学・イエール大学等の有名大学でもホームスクール生を受け入れるための受験プロセスを用意しています。
さらにHSLDAの調査によりますと、18-24歳の大人のうち、一般的なアメリカ人では49%が大学レベルの教育を受けているのに対し、過去にホームスクール生だった人では74%がこれに該当しています。
なお、ホームスクール生に高校卒業学位を付与しない州であっても、生徒は大学受験をすることができます。ACTなどの統一テストの結果が基準点を上回れば、大学受験の要件を満たすことができるためです。
ホームスクールを実践している母親へのインタビュー
クリス・ウィルソンさんの長男イーライ君は現在4年生ですが、小学校には通わず、ホームスクールを選択しています。
生活の様子、勉強の仕方等を母親のウィルソンさんに聞いてみました。
◆ホームスクールでの教師について
ほとんどの家庭では母親が先生となり、子どもに勉強を教えています。父親が教えるケースもありますが、多くの家庭で父親は仕事をして収入を維持する必要があります。ウィルソンさんの家庭でも母親がイーライ君に教えています。
◆勉強や他の活動のスケジュールについて
子どもの年齢や家庭によってスケジュールは異なってきます。イーライ君は10時から13時まで1日に3時間、週に5日間学びます。勉強以外に、水泳の競泳チームの練習、テニスクラブ、ピアノレッスンがあり、さらに子役として劇団に所属し舞台に出ています。動物園、美術館、公園、科学技術館などでホームスクール生のための授業がそれぞれ月1回程度あるため、よく参加しています。以前は、ホームスクール生のグループに所属し週4~5時間程度の集まりに参加していましたが、現在は舞台の活動が忙しく入っていません。
◆学習している内容について
イーライ君は年齢的には4年生ですが、現在、算数は5年生、理科は9年生(高校1年生)のレベルまで進んでいます。
さらに古代エジプトとローマ帝国に関連する世界史を深く学んでいます。小学1年生の時にアメリカ史を学びましたが、この時点で高校生レベルよりも深く学んでいます。また、18歳未満であってもオンラインで大学レベルの授業を受けることができるため、いずれはこれをすることも考えています。
学校で用いられるカリキュラムを重視せず、日常生活の経験や実際の体験に焦点をあてて教えるように心がけています。カリキュラムを定めず、日常生活の中での気づきや子どもの知的好奇心に基づき、子ども自身が勉強内容を決定するような手法は「アンスクーリング」とよばれ、ホームスクール生の中でもこの方法を採る家庭が増えてきています。
◆ホームスクールの長所と短所について
長所はたくさんあります。まず、子どもと質の高い時間をたくさん過ごすことができ、子どもの強みと弱みを親がよく理解することができます。子どもの興味のある分野を追求し、子どもにとって良い環境を整えることができます。学校に蔓延する、いじめ・性・薬物・暴力などを避けることができます。そして、宿題がなく時間が多くあるため、遠足や旅行に沢山行き実体験を通して学ぶことができます。
短所をあげるとすれば、子どもを自分自身で教えなければならないことへの責任感が重圧となることがあります。
また子どもと常に一緒に過ごすため、自分自身の時間や仕事をなかなか持つことができません。ほとんどのホームスクール生の母親は、高い教育を受けた人ですが、子どもを教えるために時間的にも金銭的にも自分自身を犠牲にしています。しかし、18年間しか子どもを育てる時間はなく、いずれ社会に出て大人になっていきます。そのため母親の犠牲は、一時的であり、また価値のあるものだと確信しているとのこと。
まとめ
近年、より教育熱心な家庭がホームスクールを選択していますが、これには親の協力と覚悟が不可欠です。ホームスクールを選択し、ただ家にいてゲームやテレビを見ていては何の意味もないからです。知識だけでなく、学校以外での学ぶ場や地域社会との結びつきを親がサポートし、子どもの成長を促す努力が必要です。ホームスクールを選択する家庭でのインタビューでは、母親がどれだけ真剣に子どもの教育と将来性を考えて覚悟の上で自ら教えているのか、まさに気迫が伝わってきました。
これからの時代は人の仕事の多くをITやロボットが行うようになると言われています。決められたことを実行するよりも、よりユニークで創造的な人、自分で何かを生み出せる人が必要とされるのではないでしょうか。学校で一律に決められたことを学ぶことが子どもの将来に結びつくのかどうなのか。もちろん学校教育から得られるものも沢山あります。しかし、全員が同じようなカリキュラムの教育を受けるよりも、多様性を認めた様々なタイプの教育があった方が、将来の発展につながるのではないかと感じさせられました。その点、ホームスクールでの学問はまさに唯一無二のものです。将来のエジソンがこの中から出てくるかもしれません。